就職ナビの悩みに役立つ書籍

雇用を守りながらのリストラさらに近年注目されているシェアードサービスサービスの共有の考え方を先取りし、関連会社の人事関係業務を一括して行う「Yヒューマンクリエイト」や、Yグループ全体の経理・財務を扱う「Yファイナンシャルサービス」などの新会社をつくったのも、M社長だった。
間接部門を分社・独立採算化させ、コスト削減と顧客視点に立った業務の見直しを図るシェアードサービス会社の設立は、オムロンやパイオニアでも試みられているが、その先駆けをなしたのがY電機だった。 要するに、社員の一雇用を徹底的に守りながら、リストラを行ったのである。
これだけの配置転換を行えば、普通ならストライキのひとつも起こりそうなものだが、組合はむしろ積極的にM社長の再建策を支持した。 〈当社で私がトップダウンでどんなことを言っても社員が言うことを聞いてくれるのには訳がある。

それは給料も賞与も退職金も待遇を厚くしているからである。 それだけのことをしているから、「たいへんなことだけれど、みんな協力してくれ」と言えば、組合以下、「分かりました」と一丸となって即動いてくれる〉Y電機の社員の給与が製造業でもトップクラスであることはすでに述べたが、賞与もまたこの〇年開業界最高水準の支給を維持してきでいる。
その計算方式は、夏は・三、冬は・七を固定月数とし、これにプラスして営業利益の七パーセント分を賞与に充当するというものだ。 この計算式を社員はよく知っているからこそ、少しでも営業利益を上げるために、無駄な経費は使わないよう自発的に努力するようになる。
Mさんの経営手法は、まさに日本式経営そのものだが、違う側面が一つだけある。 それは、Y電機では昭和〇年代に当時総務担当部長だったYさんの発案による職能給をとり入れて、「年齢給六五パーセント+職能給三五パーセント」を賃金体系の基本としてきたことと、人事面でも年功序列をできるだけ排してきたことである。
〈私が基本ポリシーとしたいのは、真の平等である。 まず、男女の性別、学歴、中途入社、学閥、当社では一切関係ない。
たしかに、会社に入った時には年齢や学歴によって入り口の給与が違う。 しかし、十年たったら会社の中で実力のある者が高い給与を貰う。
現に三年ほど前まで本社の人事部長をつとめていたのは高卒の女性だった。 優秀なら交性であっても、人事と待遇で評価するのは当たり前のことなのである〉家族主義経営とはいっても、Y電機の場合は実力次第で賃金を同僚よりも多くもらえる給与体系が基盤にあるから、よくありがちな、年功序列人事のために、実力が発揮できず、その結果、出世のために上司の顔色ばかりをうかがうような雰囲気になってしまうことはない。
この風通しのよさは、おそらくY電機が、戦後、HPやゼネラル・エレクトリックなどの米国企業と合弁会社をつくってきた経験が大きく影響しているだろう。 この職能給を導入したのが、戦後のY電機中興の祖ともいえるYさんである。
Yさんは、一九一四年生まれ、会社の創業者にして明治の著名な建築家・Y民輔の三男である。 芝高輪で育ち、幼稚舎から慶応に通った典型的な慶応ボーイで、Mさんにとっては大先輩である。

青春時代はラグビーに熱中したという点も共通している。 Yさんが日本経済新聞に連載した「私の履歴書」によれば、戦争末期、Yさんは父親に呼ばれて、「Yは同族会社ではなくなるので」といわれた。
Yのグローバル化戦略Y電機は、戦時中、軍需生産に対応するため増資に継ぐ増資を繰り返し、いつの間にか株式所有者の過半数以上を金融機関が占めるようになった。 つまり、Y家の同族会社ではなくなったのである。
Y民輔は終戦を目前にした一九四五年六月に他界するが、亡くなる前にたち兄弟を呼び寄せて、「われわれの資本だけでは会社は成り立たない。 Y家の会社でなくなるから承知しておいてくれ」と語って聞かせたという。
それでも四代目の山崎巌社長まではY一族から社長を出した。 しかし、それ以降は、生え抜きの社員のなかから社長が選ばれている。
Yさんは創業者の三男で、もちろん同族だが、大学を出てすぐ入社し、特別扱いされることなく平社員から始めたので、本人は生え抜き社員と同じだと思っている。 事実、Yさんが取締役になったのは、一九五五年、四〇歳のときで、Mさんは凹歳で役員に抜擢されているから、年齢的にそんなに差があったわけではない。
Yさんが取締役になった五五年は、日本中が神武景気に沸き、電気洗濯機、白黒テレビ、電気冷蔵庫が飛ぶように売れ始めた年である。 日本の製造業全体が敗戦の混乱から立ち直り、将来を見込んだ設備投資を拡大していった。
この年の六月、Y電機は当時の世界四大工業計器メーカーのひとつで、石油、石油化学などのプロセス産業用制御装置を得意とし、とくに流量計、空気式制御装置の技術では世界トップに君臨する米国Fと技術提携契約を結んだ。 その交渉役を務めたのがYさんである。
当時、通産省は欧米からの技術導入を推奨していたが、日本企業の支払い能力や外貨事情から考えて、は五パーセント以内というガイドラインを設けていた。 ロイヤリティところがYさんが交渉してみると、F社は八パーセントを主張して譲らない。

やむなく通産省にはロイヤリティのことを内緒にして提携契約を結んだ。 ちなみに、F社に提携を申し込んだ日本企業は数社あったが、最終的にYが提携相手に選ばれた理由は、Yさんのたれたからだという。
「イエス、ノーをはっきりいう性格」が好感をもこの技術提携は、Y電機を工業計器分野で大きく飛躍させる土台となった。 昭和三〇年代の半ばから日本の産業全体がオートメーション化という技術革新を遂げていったが、その基礎として作業工程 のすべてを自動制御するPAという工業計器システムが必要だった。
Y電機はその先端をゆくF社の技術を導入することで、業界ナンバーワンの位置を不動のものにした。 その意味でも、Yさんの功績は計り知れないものがある。
アメリカ型経曽の利点とはこのF社との提携を皮切りに、Yさんはその後、欧米企業との闘でいくつかの提携交渉を経験するが、なかでも一九六三年に米国ヒューレヅト・パッカード社との聞にY・HP、そして七六年に米国ゼネラル・エレクトリック社との聞にYメディカルシステムという合弁会社を設立したことが、Y電機を計測器の分野からコンピュータ、さらには医療機器の分野にまで事業分野を拡大していく契機となった。 シリコンバレーの代表的な成功会社HP社との提携では、Yが五一パーセント、HP社が四九パーセントの比率で資本を出し合ってYHPを設立、Yさんがその初代社長に就任した。
初めて経験する日米合弁会社は、それこそカルチャーショックの連続だった。 たとえば、給与システムについて、米国企業は「人は報酬の裏づけなしに余計に働くことはない」という考え方に立っており、刺激給や出来高払いがベースになっている。
これに対して、ウェットな日本的発想では、「ニンジンをぶら下げて走らせるようなやり方は好ましくない」となる。 こうした考え方の違いが、生産管理や事務管理の面でも随所に現われた。
金融費用についても、日本の銀行が歩積みを要求することが理解してもらえない。

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